プロセスを楽しむのか、それとも結果重視か
運動部から文化部に
ポン吉の4人の子供たちの中で、
中学に入学してから高校まで同じ部活を続けたのは2人だけだった。
途中で部活をやめた2人は、運動神経はいい方だったと思う。
運動会では2人ともリレーの選手にも選ばれていた。
しかし、なぜか途中で運動部から文化部に文転してしまった。
もっとも、本人たちが運動部より文化部のほうが楽しめると考えたのだから、ポン吉がどうこう言うことはなかった。
ただ今考えると、彼ら2人は部内のチームメイトと熾烈なレギュラー争いをたたかっていた。
そのために部活動以外でも練習していたこともよくあった。
彼らにとって部活動は自分たちの努力の結果を確かめるところになっていたのかもしれない。
他の部員たちと部活を楽しむという余裕はなくて、勝ち負けを競って結果を残さなければならないというプレッシャーが凄かったんだろう。
文化部に入ってからは、その活動自体を楽しんでいるようだった。
一方、ずっと同じ運動部の2人は、体も小さくて走るのも速い方ではなかった。
運動会ではリレーの選手に選ばれたことはなく、徒競走では後ろのほうで頑張っていることが多かった。
部内でもレギュラー選手というよりも補欠にまわることが多かった。
試合に出て活躍することよりも、他の部員たちと一緒に活動すること自体を楽しんでいるようだった。
幸か不幸か、周囲が彼らに対して選手としての活躍を期待することもなかったように思う。
会社でも同様に
50を過ぎたポン吉は近頃、同じような状況を大人の世界でも見ることが増えたように思う。
家庭のことを専業主婦の妻にまかせて、自分は仕事に専念していたポン吉の友人が、最近サーフィンを始めたというのを聞いた。
今まで土日も関係なく働き、ポン吉と夕食を食べた後でも仕事に戻っていたような会社人間が、今では平日の午前中に仕事を半休してサーフィンを楽しんでから、午後に出社することもあるらしい。
彼の話だと、会社組織の階段を登るのはもうやめたそうだ。
一方で組織という巨塔を登りつめようとしている者もいる。
彼とは年に数回しか会うことがないけれど、会うたびに名刺の肩書が変わっている。
口には出さないが、肩書とともに一段ずつ階段を登っているようだ。
結局
部活動と仕事は違うとは思うが、似ているところもある。
結果を重視しすぎると疲弊してしまい組織から離脱してしまうことになりかねない。
かといって結果を軽視して仕事やプロセス自体を楽しんでいるだけでは組織は成り立たない。
そのバランスが大切なのだろうが、それは時代の流れとともに常に変化しているから難解だ。
ポン吉のように早々と組織を離脱していった人間には到底わかりようがないのかもしれない。